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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)649号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人新家猛、同土川修三、同坂野滋、同瀬尾信雄、同近藤弦之介の上告理由について。

消防法二九条によれば、(一)火災が発生しようとし、または発生した消防対象物およびこれらのもののある土地について、消防吏員または消防団員が、消火もしくは延焼の防止または人命の救助のために必要があるときに、これを使用し、処分しまたはその使用を制限した場合(同条一項の場合)および(二)延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地について、消防長もしくは消防署長または消防本部を置かない市町村においては消防団の長が、火勢、気象の状況その他周囲の事情から合理的に判断して延焼防止のためやむを得ないと認められるときに、これを使用し、処分しまたはその使用を制限した場合(同条二項の場合)には、そのために損害を受けた者があつても、その損失を補償することを要しないが、(三)右(一)および(二)にかかげた消防対象物および土地以外の消防対象物および土地について、消防長もしくは消防署長または消防本部を置かない市町村においては消防団の長が、消火もしくは延焼の防止または人命の救助のために緊急の必要があるときに、これを使用し、処分しまたはその使用を制限した場合(同条三項の場合)には、そのために損害を受けた者からその損失の補償の要求があれば、その損失を補償しなければならないことが明らかである。すなわち、火災の際の消防活動により損害を受けた者がその損失の補償を請求しうるためには、当該処分等が、火災が発生しようとし、もしくは発生し、または延焼のおそれがある消防対象物およびこれらのもののある土地以外の消防対象物および土地に対しなされたものであり、かつ、右処分等が消火もしくは延焼の防止または人命の救助のために緊急の必要があるときになされたものであることを要するものといわなければならない。

ところで、これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実関係、ことに、原判決添付図面表示のB建物の東方約三〇メートルの距離にあつた御母衣旅館ではほとんど延焼の危険がなかつたこと、風向は南ないし南々西から北ないし北々東であつたが、風速は四ないし六メートル位で弱かつたこと、右図面表示のト建物とル建物との間隔は五メートルあり、同図面表示のト、チ、リ、ヌの各建物はほとんど間隙なく接続していたが、ト建物とヌ建物との距離は約三〇メートルあつたこと、バラック建構造の右建物をブルトーザーで破壊するには一棟につき三分位しか要しなかつたこと、しかし、右図面表示のイ建物から北方約五〇メートルに一箇所、それから更に北方約五〇メートルに一箇所ガソリンスタンドがあつたこと等に徴すれば、本件破壊消防活動の行なわれた当時右図面表示のロ、ニ、ヌの建物自体は必ずしも延焼のおそれがあつたとはいえないが、B建物から北に連なる建物への延焼を防止するために右ロ、ニ、ヌの建物を破壊する緊急の必要があつたものであることは明らかである。してみれば、小坂消防団長が右建物を破壊したことは消防法二九条三項による適法な行為ではあるが、そのために損害を受けた被上告人らは右法条によりその損失の補償を請求することができるものといわなければならない。したがつて、結論において右と同趣旨に帰する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

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